last victim あのこなんかいなくなっちゃえばいいのに。 あのこにばかり話しかける君を見て、今日も心の中で小さくつぶやく。私は君のことが好き。だけど、君はあのこのことが好き。私とあのこは幼稚園からの友達。大好きで、大嫌いな友達。 学校からの帰り道。ひとり、ふたりと家の中に消え、最後に残るのは私と君。ほんの一分にも満たないこの時間が、何よりも大切。 「たーだいまー」 おかえりー、というお母さんの声が、揚げ物の音と一緒に聞こえた。今日の給食も天ぷらだったんだけどなあ。あ、そういや今月の給食便り渡してなかったんだっけ。まあいっか、天ぷら好きだし。そう思いながらつまみ食いしたら怒られた。 「えー、なんで分かったのさー」 「あんたのやることくらい、お見通しにきまってるでしょ」 「お母さん背中にも目があるんでしょ。怪物だー!」 「そんっなにお母さん怒らせたいの? 料理終わるまで待ってなさい!」 「やーだよー」 そんな会話を繰り広げた後、狭い階段を上って自分の部屋に入る。去年から一人暮らしをはじめたお兄ちゃんの部屋も(勝手に)使ってるから、私の部屋は結構広い。 ランドセルを放り投げて畳に転がると、棚の上のぬいぐるみと目が合った。バザーで買ってもらった、真っ白なくま。誰にも言えないようなことでも、彼はいつだって聞いてくれた。久々にお話でもしようと、彼を机の上に乗せる。 お話といっても、好き勝手喋って、喋って喋って喋りまくって、最後に自分で返事をするだけだけど。四年生にもなってぬいぐるみに話するって、アブナイ人かな。まあいっか。どうせ私が変わってるなんて今更だ。そう結論付けて、目の前の彼にぶちぶちと愚痴をこぼす。 「大人はなんにも分かってない。『子どもの恋愛なんて可愛いもんだ』なんてのんきなこと言ってさ。馬鹿にしないでほしいよ。微笑ましいだけの恋愛なんて、この世にあるはずがないでしょ。そもそも、子どもは清らかだの穢れなき存在だの言い出したのは誰だ。いくら大人が汚いからって、勝手に子どもに夢を見ないでほしいよね。バッカみたい。まあ夢を見るのは勝手だけどさ、押し付けられたらたまったもんじゃないよ!」 私は、こんなに汚いのに。きっと世界で一番悪くて汚い子ども。だって、こんなこと考えてるもん。あのこなんていなければいい。そしたら、君は私を好きになってくれるかな。でも、うちのクラス可愛い子ばっかだしなあ。いっそ、世界中の女の子がいなくなっちゃえばいいのに。世界中の女の子から嫌われちゃえばいいのに。 ねえ、私いっぱい頑張ってるんだよ。いつか君が振り向いてくれるように。汚いとこを見せないようにしてる。おまじないも色々やった。なのに、なんであのこなの。あのこね、ホントはワガママなんだよ。男子の前ではすごいぶりっこしてるんだよ。私が君のこと好きだって知ってるのに、応援するよって言ったのに、なんであんなに仲良くするの? 「あのこなんか、――くんが好きになった子なんか、みんなみんな、いなくなっちゃえばいいのに」 何度も心の中で思って、それでも口にしなかった言葉。誰にも言えなかった言葉。きっと怒られるから。きっと嫌われるから。 机に顔を伏せる。涙が出そうになったけど、もうすぐ夕食だからぐっと我慢する。赤い目で行ったら、心配性のお母さんに色々聞かれちゃう。 涙がひっこんで、顔を上げようとした瞬間、小さな小さな声が聞こえた。 『――わかったよ』 勢いよく顔を上げる。部屋を見回しても、誰もいない。聞いたことがない声。可愛い声だったけど、男の子の声だ。目の前のくまと目が合う。 「まさか……ね。空耳だよね」 くまが小さく笑った。ような気がした。 それからしばらくして、あのくまがいなくなった。それと同じころ、あのこもいなくなった。ただの偶然だと思いたかった。嫌いなところもあったけど、それでも友達だったから。私のせいだって思いたくなかったから。 あのこがいなくなれば、君と二人きりの時間が増えるはずだった。だけど、君はあんまり話さなくなった。それでも、二人で帰り道を歩くことは好きだった。 季節が変わった頃、君が「あのこのことは早く忘れろよ」なんて言われていることを知った。そんな君に「忘れなくたっていいんじゃないかな」ってもっともらしいことを言ったら、目を丸くして泣いた。「ありがとう」って言って泣いた。それから恥ずかしそうに笑った。……本当は、早く忘れて欲しいくせに。私の嘘つき。 そんなことがあってから、君はあのこがいなくなる前みたいに笑うようになった。 だけど、その後、卒業するまでに何人かの女の子がいなくなった。違うクラスの子。同じ水泳教室に通ってる子。近所のお姉さん。そのたびに君は小さく震えてた。ごめんね、「俺のせいだ」なんて叫ばせちゃって。きっと私のせいなんだ。もう偶然だなんて思えない。あのこたちを殺したのは、きっと“私”。ごめんね。 中学生になった君は、なんだか暗くなっていた。用事を見つけては君のいるクラスに行ったけど、いつも無表情で無愛想にしてた。当然だよね、自分が好きになった人が次々にいなくなっちゃ。きっと、優しい君は誰も好きにならないようにしてるんだ。誰とも関わらないようにしてるんだ。諸悪の根源である私は、相変わらず君のことが好きだった。……ごめんね。 三年生になって、また君と同じクラスになった。その頃になると、君はクラスから……ううん学校中から浮いてた。誰も積極的に関わろうとしない。これが君の望んだことなんだろうけど、寂しいよね。だって、あんなに寂しがりだったじゃない。 今なら、今なら私だけ見てくれるかな。自分勝手な思いが膨らんで、私は少しずつ君に近づいていった。 初めは、少し驚いた顔で私を邪険に扱った。でもね、人と関われない寂しさとか、変わらない優しさとか、隠しきれてないよ。君は少しずつ笑うようになった。まるで、あのときのように。全てが元通り、とまではいかないけれど、私と君はよく話すようになった。さすがに一緒に帰るなんてことはしないけど。 部活が終わった帰り道。いつもなら自転車で帰るんだけど、パンクしたから歩いて帰る羽目になった。あまり人気のない薄暗い道は、少し怖い。田舎だから仕方ないんだけど。 慣れた道をとぼとぼ歩くと、見慣れない影。くたびれたくまのぬいぐるみが、ゆっくりと私に近づいてくる。手には、可愛らしい外見とは不釣合いな斧。 「――くん、は、……たしの、もの。渡さない。あんたには、渡さない!」 近づいてくる、どこかで聞いたことがある声。いつかビデオテープ越しに聞いた声。そうだ、あれは昔撮ったビデオだ。学習発表会でやった劇の。そして、その声は私の――そう気づいたときには、既に私の膝から下はなくなっていた。 ああ、度を越えた痛みは感じないって本当だったんだ。そんなことを思いながら、ぼんやりとくまを見る。すうっと消えたように見えたけれど、目がかすんでいるからかもしれない。ああ、もう目を開けていられない。だけど、どうして私を…… そうか。そうなんだ。 「あははっ……やっと、やっと私のこと好きになってくれたんだ!」 嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい。狂ったように笑う私に、偶然通りかかった人がひっと悲鳴を上げる。野次馬が集まってきた。救急車の音がする。ああ、消防署まで徒歩数分だもんね。そりゃ早く着くよね。 ああでもそんなことはどうでもいい。もう何も考えられなくなった。大事なことは、君が私を好きになってくれたことだけ。 ああ、嬉しい。嬉しい。うれ…… 08/07/28
恋する女の子は、みんな魔法使い。 戻る |