ZERO 1

そこは、一面の赤。夕日と炎と血で真っ赤に染まった焼け野原。ところどころに焼け焦げた黒い塊が転がっている。
そんな場所に、十歳前後と思われる少年と少女が長い影を落として立っていた。
「ごめん・・・ごめんね・・・」
少女は、泣きながら少年に向かって謝っている。少年の表情は、逆光で読み取れない。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
少女は、ただただ同じ言葉を繰り返す。その言葉以外を知らないかの様に。
少年は悲しそうに何かをつぶやいたが、少女の耳には届かなかった。
そうして、どれだけの時が経過しただろうか。立ったまま燃えていた木が、二人の間に倒れてきた。
そして、それを合図とするかのように、少年は赤く光り始め、火の粉となって消えていった。
独りになった少女は、それでも同じ言葉を繰り返す。炎が起こした風が、少女の肩まで切りそろえた髪を揺らした。


ピピピピピピピ・・・整頓された部屋に、目覚し時計のアラーム音が鳴り響く。あまり物が置かれておらず、
特に目を引く物といえば、黒い服を着せられた白いうさぎのぬいぐるみくらいだ。
やがて、時計の音はこの部屋に住んでいる少女、日向 望月(ひなた もちづき)によって止められた。
まだ目が覚めきらないのか、ぼ〜っとしている。
その姿は、顔がほんの少し大人びているのと、髪が腰まである点を除けば、夢の中の少女そのものだった。
見様によっては小学生にも見えるが、来月の五月六日で十六歳になる。
「・・・また、あの夢・・・」
五年前のあの日から、繰り返し繰り返し見る夢。失った大切なぬくもり。戻れない過去。
「学校、行かなきゃ・・・」
そういって、望月はベッドから起き上がった。無表情な顔から冷たい涙がぽたりと落ち、シーツにしみを作った。


教室に入り、自分の席に着いたとたん、クラスメイトの一人である女子が、叫びながらものすごいスピードで走り、
望月の元へとやってきた。直前までその少女と話していた数人のクラスメイトは少しの間あっけに取られていたが、
『またいつもの事だ』と笑い合いながらおしゃべりを再開した。ここ一週間、これが毎朝の風景だった。
「おはよう、笹川さん。」
「ささかわさん〜?よそよそしいな〜。結花でいいって。キッカで!ね!あたしとヒナっちとの仲でしょ〜?」
「・・・知り合ったのは、一週間前の入学式だよね?」
「は〜い、細かいコトは気にしな〜い。」
「細かくないと思うんだけど・・・」
そういった後、望月はため息をついた。
「ところで、さっきまで話をしていた人たちをほっといて、私の所に来てもいいの?」
(私に、それだけの価値なんて無いのに。)
「ん〜?また細かいコト気にしてる!あんまり気にしてると、早く老けちゃうよ。心配しないでオッケー!」
結花はとことんマイペースだ。
「あぁ〜!」
結花が突然叫ぶ。驚いた望月は、危うくイスごとこける所だった。
「それともそれとも、ホントはあたしのこと嫌いだったりする?迷惑?」
「そういうのじゃない・・・けど・・・」
(もう・・・他人に深く関わりたくない・・・誰とも親しくなりたくない・・・)
「・・・?ヒナっち、何か言った?」
「ううん、別に・・・」
そんな教室中に響き渡るほど騒がしいやりとり(と言っても、騒いでいるのは結花だけだが)を見つめていた少年、
秋原 月夜(あきはら つきや)は、自分にしか聞こえないような声でぼそりと呟いた。
「あいつ・・・本当に、笑わなくなったな。」
『あいつ』とは望月のことだ。二人は同じ孤児院の出身で、昔は月夜のイトコにあたる少年と三人で、
いつも一緒に遊んでいた。三人とも、戦争で家族を失っていた。
月夜の視線を感じたのか、ふと結花が少年のほうを向いた。
「んむむ?つきやん、ヒナっちに熱烈ラブビーム☆?」
「何だよそりゃ・・・それと、オレは『月夜』だ。『ん』をつけるな!」
「そっちのほうが可愛いのに〜。分かったよ、つきやん。」
「分かってない!月夜だっ!つ・き・や!」
そんな二人の言い争いを、望月はただぼ〜っと見ていた。
そして、気が付くとなぜかいつの間にか話題がカレーの味についてになっていた。
「カレーは辛口だ!火を吹きそうなほど辛いのがカレーなんだ!」
「あたしはそんな辛いのは嫌!あと、福神漬けは・・・まあいいけど、ラッキョウは絶っっっ対に嫌!」
「普通、カレーには福神漬けとラッキョウって決まってるだろ!」
「あたしはご飯ごとレタスに包んで食べるの〜!ねぇ、ヒナっちも辛すぎるのは嫌だよね?」
「え?え〜っと、私はあんまり辛いのは好きじゃないかな。」
レタスに包んでは食べないけどね、と付け足しておく。そういえば、昔にも夕食のカレーの味をどうするか
言い争っことがあったたっけ。あのときも、月夜だけが辛口派だったかな。
望月はそんな事をぼんやりと考えていた。
二人の言い争いはまだ続いていた。自覚は無いだろうが、二人の会話はもはや漫才のようだった。
そんな漫才も、チャイムと同時に来た先生によって終止符が打たれた。


この学校は国立魔術学園といい、この国で一番大きく、その名の通り魔術に関する事を中心に学ぶ。
クラスは学科別に分かれているが、一年生の内は全てに共通している基礎的な事しか学ばないので、
クラス分けに学科は関係ない。長期の休みは学年末の一ヶ月のみなので大変そうに見えるかもしれないが、
土日は完全に休みの上、普段も午後二時には学校が終わるので、結構ゆとりがある。テストが毎月末にあるので、
そう遊んでもいられないのだが。この国ではつい最近まで戦争があったため、優秀な人材が大勢死んでしまった。
国は積極的に才能のある者を育成するために、成績が優秀であったり、戦争で親を無くして
生活が苦しかったりする生徒には、ある程度の生活の保障をしてくれる。そのために倍率がとても高くなり、
この国で一番レベルの高い高校となった。遠く親元を離れて通っている生徒も多数いるため、
寮に入っている生徒がほとんどだ。望月や月夜や結花もそんな中の一人だ。
もっとも、望月や月夜のように帰る家が無い者も多数いるのだが。


カレーについての熱い論争があった日、新入生テストなるものが返ってきた。先生は点数の低い順に配っていく。
そのため一部から不満がもれていたが、そんな事はおかまいなしに、次々と名前が呼ばれていく。
クラスのところどころでため息や歓喜の声が聞こえてくる。
「次、秋原、九十点。最後、日向と笹川が九十二点でクラス一位だ。」
その瞬間、クラス中がどよめいた。望月は、見るからに頭が良さそうな大人しい系だ。その望月とは正反対に、
いつも騒がしく、見るからにアホ系な結花が望月と同じ点数を取るなど、誰も予想していなかった。
月夜にいたっては、ひきつったまま石の様に固まってしまっている。
「嘘だろ・・・笹川みたいな変なヤツが一位・・・?」
月夜は、目の前がぐらりと傾いた気がした。気がしただけではなく、その後本当に倒れて保健室に運ばれるという騒ぎもあった。


掃除も終わり、生徒たちが帰り始めた頃、月夜が青い顔で教室に戻ってきた。その時、結花の声が教室に響いた。
本人は大声を出している気は無いらしいが、普通の人と比べるとかなり大きい声だ。生まれつきなのだろうか。
「つきや〜ん、だ・れ・が、『変なヤツ』だって〜?」
「げ・・・聞こえてたのか。」
「ふっふ〜ん、あたしの地獄耳をなめるでないよっ♪」
得意げな結花とは反対に、月夜の表情は暗い。結花に負けた事がよほどショックだったのだろう。
そんな二人を尻目に、望月は黙々と帰る準備をしている。
「人って、見かけによらないよな・・・はあ〜・・・」
月夜が重いため息をつく。
「ちょぉっと、それって褒めてんの?けなしてんの?」
「こんなヤツに負けたなんて・・・はあ・・・」
「人の話はちゃんと聞きなさ〜い!あなたをそんな子に育てた覚えはないわよ!お母さんは悲しいわ〜。」
しくしく、と言いながら結花が泣きまねをする。しっかりハンカチも出している。
「お前に育てられたら、こんなまともに育ってねえよ・・・」
「ム!失礼だな〜。も〜いいや。ヒナっち、こんなやつほっといて帰ろっ!」
「うん・・・じゃあね、月夜。私は、月夜も十分スゴイって思うよ。だから、そんなに落ち込まないでね。」
その言葉を聞き、月夜は少し照れた笑いを見せた。
「つきやんって、笑ったら可愛いかも!・・・まあ、私の好みじゃないけどね。」
また結花が余計なことを言っている。やはり、どう見たって秀才には見えない。
『どうしてこんなヤツに負けたのか』と、月夜はまたため息をついた。
「・・・いちいち一言多いんだよ、笹川・・・」
「つきやんはいちいち気にしすぎ!あ、ヒナっちもね。」
「へいへい。あ、望月、サンキュな。励ましてくれて。じゃあな。」
月夜は笑いながら手を振った。二人の姿が見えなくなると、月夜の顔から笑顔が消えうせた。
そして、辛そうな、震えた声でつぶやいた。その顔は、今にも泣き出しそうで・・・
とてもさっきまでと同じ人物には見えなかった。
「オレは、全然凄くなんか・・・無い。あの時だって、お前を助けることができなかった。そのせいで、あいつは・・・」
その声は、誰の耳にも届くことなく、春の風にかき消されていった。


「ねえねえ、あとちょっとしたら合宿だね!たっのしみ〜。」
四月の月末テストで二位だった結花の声が、廊下まで響いている。合宿と言っても、勉強のための合宿なのだが、
イベント好きな結花は心のそこから嬉しそうだった。そんな結花にまた負けた月夜は、目の焦点が合っていない。
「うん、そうだね。・・・月夜、大丈夫?」
「ああ・・・ダイジョウブだ。」
明らかに棒読みだ。本人は大丈夫だと言っているが、見た目はかなりヤバげだ。月夜は生気の無い顔でぶつぶつとつぶやいている。
「ヒナっち〜、つきやんなんかほっとこうよ〜。また『変なヤツ』にまけて、すっごいショックだろ〜からっ!」
明らかに『変なヤツ』のところを強調している。この分だと、この先ず〜っと根に持っていそうだ。
「・・・何でそんなに仲悪いの?二人とも、仲良くしなよ。」
「「誰がこんなヤツと!」」
二人の声がみごとにぴったりとハモった。
しばらく二人は小競り合いをしていたが、突然、結花が悪戯を思いついた子供のようににや〜っと笑った。
「そ〜おだよね〜、フツーの人だから、『変なヤツ』のあたしなんかとは仲良く出来ないよね〜。」
なんだか、かなりいやみったらしい言い方だ。
「自分で『変なヤツ』って分かってたのか。ちゃんと自覚はあるわけだな。」
「ふっふ〜ん、その『変なヤツ』にテスト負けたのは、どこの誰でしたっけ〜?つきや〜ん。」
「ぐ・・・その変なあだ名で呼ぶな!」
「あー!話はぐらかした〜。私の勝ち〜♪」
「もう・・・どうでもいい・・・」
相変わらず漫才コンビな二人である。そんな二人のやり取りを聞いて、クラスメイトたちはくすくす笑っている。
あまりの騒がしさに、他のクラスから二人を見に来ている者もいた。
望月は、ただ無表情にぼ〜っとしている。その姿は、わざと思考を停止させているようにも見えた。
余計なコトを考えないように。余計なコトを思い出さないように。
そんな陶器の人形のような望月の長い髪を、薫風が静かに揺らしていった。
2003/08/23


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