ZERO 2

合宿の前夜、望月の部屋から明るい声がもれていた。「一緒に準備しよ♪」といって結花が遊びに来ていたからだ。
部屋が隣同士なので、結花は毎日のように遊びに来る。今は夜なので、さすがにいつもよりは小さい声だ。
「あれ?ヒナっち、ペンダントつけてる〜。
しばらく経って、結花が不思議そうに聞いた。それは銀色を基調とした、シンプルなデザインだった。
少し大きなペンダントトップには、望月の瞳と同じ蒼い宝石と、紅い宝石が付いていた。
「あ・・・いつもは制服で隠れてるから・・・」
「ふ〜ん、なんか意外〜。あ、つきやんからの『愛のプレゼント』とか?」
「月夜とは、そんな関係じゃないよ。・・・これ、お母さんの形見なんだ。」
望月は、幼い頃を懐かしむように優しい目をした。ほんの少し寂しそうにも見えた。
「そう・・・なんだ。こんな事聞いて、ごめんね。」
「ううん。それより、明日の準備しないと。」
その後しばらくは真面目に準備をしていたが、飽きてきたのか結花はキョロキョロとし始めた。
「あー!このうさぎのぬいぐるみ、かっわい〜。」
結花は、タンスの上に置かれていたぬいぐるみを手に取り、抱きしめた。ところどころに土がついたような汚れや
焦げたあとがあったが、真っ白でふかふかだ。ちょうど、抱きしめるのには良い大きさだった。
「このコの服、黒より水色とか黄緑のほうが可愛いと思うな〜。んむ?なんか書いてある。」
結花はぬいぐるみを顔に近づけた。服の裏に、白い糸で文字が刺繍してある。
「え〜と、Hakuto・S?このコの名前?」
「ううん、それを作った人の名前だよ。須々木 白兎(すすき はくと)っていって、幼なじみで、月夜のいとこ。」
「つきやんのイトコねえ・・・んむ〜、この腕前、プロ並って感じ。ちょっと会ってみたいかも〜。」
それを聞いた瞬間、望月の顔が凍りついた。
「今は、遠い所・・・に、居るから・・・会えないよ・・・」
望月は、震える声を懸命に抑えているようだった。それに気付かなかったのか気付かないフリなのか、
結花はいつもの調子で答えた。
「ぶぅ〜、つっまんないの〜。」
しばらくぶつぶつ言いながら、明日の準備を再開した。その日は、夜遅くまで結花のおしゃべりが続いていた・・・


「わ〜い!昼ごはんの時間だー!ごっはん ごはん♪」
昨日、ニ、三時間しゃべり通しだったのに、結花は相変わらず元気いっぱいだ。
結花の他は、長々と続いた校長の話や勉強に対する心構え云々の話しにぐったりとしていた。
中には、先生たちが話している間中ずっと寝ていた不届き者もいたらしく、眠そうに目をこすっている。
やはり、どこの世界でも『校長の話は長い』というのが相場のようだ。
どれだけ大事な話と言われても長いと眠くなってくる。どうにかならないものやら。
望月は、結花のせいで長話にはなれたようで、いつもと変わらない。
「何でお前はそんな元気なんだよ・・・」
月夜が呆れたような声で聞く
「だって、あたしは若いから!つきやんがじじ臭いだけだにょろ〜。それより、早くバーベキューの用意〜!」
立候補して班長になった結花が、張り切って仕切っている。
その横で、月夜や他の生徒が「『にょろ』って何デスカ?」と目で訴えていた。
「ではでは、火を点けまーす!ひっさぁーつ☆目からビーム!」
『目からビーム』とは、目から光線を出す事だ。普通なら最も意識を集中させやすい手から出すのだが、
「楽しいからさ♪笑いが取れればオッケ〜イ!」とかいう謎の理由だけで目から出しているらしい。
実は、習得するのはかなり困難だ。今回は熱だが、冷気や怨念(?)も出せるらしい。
「・・・・・・・・・」
結花のテンションについていけない者は、ただ呆然としていた。


結花と月夜が「タレの味について」を言い争っていたが、他には変わった事は無かった。
しかし、食事が終わりに近づいていた時、茂みがさごそと揺れ、猪のような魔物が出現した。
何かに追いかけられているのだろうか、凄まじいスピードで走っている。そして、そのまま
バーベキューをしている所へ突っ込んだ。
「何でこんな所に魔物が!?」
今では魔物が人前に姿を現すのは珍しいため、その場はパニックに陥った。魔物がそこら中暴れ回ったため、
地面にはバーベキューの材料が散乱している。そのうち、油やタレでベトベトになった魔物に引火した。
あっという間に近くの草に燃え移り、辺りは赤に包まれた。生き物が焼け焦げる嫌な臭いが、辺りに充満していく。
(燃える・・・燃えてく・・・何もかも・・・)
望月の顔から血の気が引き、脳裏に五年前の出来事が浮かんだ。
「みんな燃えた・・・みんな・・・」
そう呟く望月の目は、焦点が合っておらず、どこか遠くを見ているようだった。
「望月!落ち着け!」
同様に青い顔をした月夜が叫ぶ。しかし、その叫びは望月の耳には届かなかった。

「ヒナっち、どうしたんだろ。いきなり気絶して・・・つきやんも、変。何があったの?」
保健室に割り当てられた部屋の中で、結花は心配そうに呟く。望月はベッドで寝ている。酷くうなされている様だ。
「・・・白兎が・・・」
月夜は、青い顔のまま答える。
「白兎って・・・つきやんのイトコの?その人と、何が?」
「口で言うより、俺の記憶を見せた方が早い。」
そう言って、月夜は結花の頭に手をかざした。ゆっくりと意識を集中させる。淡い光が辺りを包んだ。


小さな孤児院の庭に、三人の子供たち―五年前の望月と月夜、そして白兎がいた。
望月は、うさぎのぬいぐるみを抱いている。二か月前、誕生日プレゼントにと白兎に貰ったものだ。
「とうとう明日だね、新しい家に行くの!どんな家なのかな〜?」
望月がはしゃぎながら言う。白兎を引き取りたいという中年の夫婦が現れ、明日引き取る予定になっているのだ。
本当は引き取るのは白兎だけだったが、仲の良い三人を引き離すのが可哀相だと、三人とも引き取られる事になった。
「引き取りたい理由ってのが、『死んだ娘にそっくりだから』だったんだろ?さすが白兎だよな〜。はははっ。」
白兎は全体的に色素が薄く、まるで女の子のようだった。
「月夜・・・それ毎日言ってない?僕だって、好きでこんな風なんじゃ・・・」
「どんな風に生まれるかなんて、自分じゃ決めれないもんね。決めれるんなら、平和な時代に生まれたかったな。」
望月の言葉に、二人ともうなずいた。
「戦争のせいで、父さんや母さんは・・・オレに力があれば、戦争始めた奴等なんかぶっ飛ばしてやるのに!」
「人を憎んじゃダメだよ。憎み合うから戦争は起こるんだ。」
許せないって気持ちは僕も同じだけどね。と付け加えて、白兎はふわりと微笑んだ。
「白兎・・・お前って凄いよな。あ、それ何て言うんだっけ?罪を憎んで・・・」
「人を煮込まず!」
望月が元気良く叫ぶ。明るく生き生きとして、笑顔が良く似合っている。今とは正反対だ。
「あほ。煮込んでどうすんだよ。憎まずだろ。」
「あれ?そうだったっけ?あははっ」
3人とも、無邪気に笑う。白兎は、銀色の髪が光に透けて、夏の日差しの中に溶け込んでしまいそうだった。
「あ・・・」
言いようのない不安に駆られて、望月が白兎の腕を掴んだ。
「・・・?どうしたの?」
白兎は不思議そうに望月の顔を見る。無意識に掴んでいたのに気付き、あせってその手を離す。
「なんだか・・・このまま光の中に溶けていっちゃいそうだったから・・・」
望月は俯きながらごにょごにょと呟いて、赤くなっている。
「大丈夫。消えたりなんかしないよ。ずっと三人、一緒だよ。」
「嫌だって言っても、そばに居るからな。」
「うん!ぜったい、ぜったい約束だよ?」
幼い指きりをして、また笑い合う。しかしその直後、笑い声は爆音にかき消された。
「みんな、逃げなさい!火の雨よ!」
若い女性の声が響く。火の雨とは、爆弾が投下される事だ。辺りはたちまち炎の海となっていった。
三人は当てもなくただ走り続ける。疲労が頂点に達した頃、カシャンと何かが落ちる音がした。
「え?・・・!私のペンダント!」
「バカ!戻んな!」
紐が切れて落ちたはずみで、ロケットになっているペンダントトップの蓋が開いていた。
中には、家族と写したものと、3人で写したものが入っていた。
五年前の火の雨で、これ以外の家族の写真は全て焼けしまっていた。
「ふう・・・良かった。中身は無事みたい。」
立ち上がろうとしたとき、立ったまま燃えていた枯れ木が望月に向かって倒れてきた。
「避けろーーー!」
あまりにも突然のことで、動けなかった。死を覚悟して目を閉じると、体に強い衝撃が走る。
「あれ・・・?私、生きてる・・・なんで・・・」
しばらくは気が動転していたが、それもしばらくするとおさまってきた。
何が起こったのかと確かめようと辺りを見回す。その瞳に映ったのは・・・
「はく・・・と?きゃああーーー!」
そこには、木の下敷きになった白兎がいた。先ほどの衝撃は、白兎が突き飛ばしたためだった。
「も・・・ちづき・・・だい、じょうぶ?」
白兎は切れ切れに言った。体中に火傷を負い、皮膚がただれてべろりと剥けている。
白い肌は、血と炎と夕日で真っ赤に染まってゆく。望月は、目を見開いたまま動けなくなった。
月夜が魔法で火を消し、大木をどかす。
「ごめん・・・ごめんね。私の、せいで!」
望月は、泣きじゃくりながら必死で回復魔法をかける。しかし、容態は悪化する一方だった。
細胞が死滅する早さに、魔法が追いつかなかった。
「やだよ・・・しんじゃ、やだよぉ・・・うわあぁぁーー!」
懸命に魔法をかけ続けたが、限界以上の魔力を引き出したため、倒れて気を失ってしまった。
「くっそ・・・どうしろってんだよ・・・」
月夜は、回復魔法の練習をしなかったことを悔いた。攻撃魔法が強ければ、皆を守れると思っていたのに・・・
自分の無力さに腹が立って、涙が出た。
「月夜・・・望月を、よろしくね。僕・・・は、もう・・・」
苦しそうに顔をゆがめて微笑む。その顔は、どこか満足げだ。
「約束、守れなくて・・・ごめんね?さよなら・・・月夜、望月。楽しかったよ。あり・・・がとう。」
望月が気がついたときには、白兎は眠りについていた。二度と覚めることのない、永遠の眠りに。
「ずっと、一緒に居ようって、ついさっき言ったばっかりなのに・・・うそつき・・・」
望月が呆然と呟く。月夜は、虚ろな目でそれを見ていた。なぐさめの言葉なんて、見つからなかった。
「ちがう、私の、せいだ。私が殺したようなものだよ・・・ごめん・・・ごめんね・・・」
望月は、『ごめんなさい』を繰り返した。一面の赤。その中で、ただただ呟き続けた。
今はもう形見となったぬいぐるみを抱いて。


「・・・ヒナっちに、そんなことが・・・てか、これって難しい魔法のはずじゃ・・・」
結花が、まだぼうっとする頭をかかえて呟く。
「オレは、足がすくんで動けなかった。魔法も使えなかった。情けないよな。いっつも体力無いとか、弱いとかって、白兎をからかってたのに。弱いのは、オレだったんだ・・・そして、あの日以来、望月は笑わなくなった。」
自嘲気味に、吐き捨てるように言った。
「そか・・・ヒナっちも・・・」
そう呟いた結花の悲しげな瞳は、遠い過去を見ているようだった。
「何か、言ったか?」
月夜に尋ねられると、結花はハッとしていつもの顔と調子に戻った。
「ほへ?べっつに何にも。あ!ヒナっち目ぇ覚めたー!」
望月は、腫れぼったい目蓋をこすっている。まだ少し顔色が悪い。
「大丈夫か?・・・また、いつもの夢でも見てただろ。うなされてたぞ。」
二人で共有している、赤い悪夢。後悔は、いつまでも付きまとう。
「大丈夫。もう大丈夫だから・・・心配させてごめんね。」
「すっごい心配したんだからー!後でなんかおごってよ?」
結花がイタズラっぽく笑う。
「・・・笹川、おまえはあの後『あたしの食べ物がー!』って騒いでなかったか?」
結花をなだめるのは、魔物が荒らした後を片付けるのよりも苦労したらしい。(byクラスメイツ)
「食事とゲームとマンガはあたしの生きがいだもん!生きがいを邪魔されりゃ、誰だって怒るよ!」
その後、騒ぎ声を聞きつけた先生によって、二人は部屋から放り出された。
昼食の後は地獄のマラソンの予定だったが、望月は大事を取って見学した。なぜ『地獄の』なのかというと、コースの三分の一以上が坂道だからだ。月夜に負けた結花はぶーたれている。


その夜は、月夜と結花のカレー論争が再発しないようにと、生徒達の希望でシチューだった。
今度はビーフシチューとクリームシチューのどちらが良いかと、例の二人がシチュー論争を勃発させていた。
周りの生徒達の中には、ちゃっかりと耳栓をしているものもいる。
その後は特に変わったことも無く、次の日、無事に合宿は終わった。
03/09/07


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