ZERO 5

「さあ、これでおとぎ話なんかじゃないって分かったでしょう?さあ、それを早く私に・・・」
砂煙が落ち着くと、留華が望月に歩み寄ってきた。
「嘘・・・だよね?るー姉、あんなに優しかったのに、こんな・・・」
まだ夢の中にいるんだろうか、と、祈りにも似た思いがふとよぎる。けれど、五感の全てがこれは現実だと告げる。
「・・・これ以上近づくな!」
叫び声と同時に、石つぶてが留華に向かって飛んでいく。
「月夜!?なにす――」
「今のるー姉は何をするか分からない!昔とは違うんだ!逃げ・・・ぐあっ!」
望月の腕を強引に掴んで走りだそうとした時、風の刃が月夜の背中に命中した。どさりとうつ伏せに倒れる。
「人の邪魔をしちゃダメって、昔から何度も言ってたでしょう?そんな子には・・・」
すっと手をかざすと、留華はもう一度同じ魔法を放った。
(ちくしょう・・・俺が死んだら、あいつは・・・今度こそ・・・)

「―――っ!もう・・・誰かが死ぬのは、誰かを失うのは・・・嫌・・・」

「望月・・・お前・・・」
月夜の目に飛び込んできたのは、自分の前に立って防御魔法を詠唱する望月の姿だった。
「守られるだけなんてやだよ・・・今度は私が守る!」
「ふぅん・・・風の壁、ね。いつまで持つかしら?」
留華は余裕たっぷりと言った声色で呟く。その手からは、様々な攻撃魔法が放たれる。対する望月は、今にも泣き出しそうな表情でキッと睨みつけている。魔法の壁は、望月の精神状態のように不安定に揺らめく。
「るー姉、どうして?何でこんな事・・・」
何とか絞り出した声が痛々しい。
「教えたらそのペンダントをくれる・・・わけないか。お母さんの形見、だったかしら?」
望月がこくりと頷いたのをみると、殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。まるで幼い子をなだめすかすように。
「もしも、そのお母さんに会えるとしたら?」
「何、言って・・・」
しばらくの間、目の前に立つ女性が何を言っているのか分からなかった。そんなことありえないと思う反面、心のどこかで期待している自分がいた。
「あのお話にも書いてあったでしょう?王女様が生き返ったって。それにね、あのお話では『魂を吸い込んだ』ってなっていたけど、本当に吸い込まれたのはもっと別の、魂を肉体に繋ぎ止めるものなの。精神エネルギーとかオーラって言った方が分かりやすいかしら?それは健康な状態なら時間が経てば回復するから、少しくらい吸い取られても死なないのよ。」
ここまで一気に言うと、深く息を吸って望月の目をじっと見つめる。
「誰も死なないで、大切な人が生き返るのよ。あなたのお父さんも、お母さんも、弟も。・・・可愛い幼なじみもね。」
「本当、に・・・?」
ふらりと足を前に出す。月夜が不安げな声で引きとめようとするが、その声は望月の耳には届かない。
「そうよ、誰だって・・・美砂だって生き返るのよ・・・」
それは、望月にというより、自分に言いきかせているようだった。その言葉を聞いた望月はぴたりと足を止める。背後の月夜との距離は約二メートル。
「美砂ちゃんが、死んだ?」
脳裏に浮かぶのは、病弱だけれど明るい小さな女の子。はちみつ色の髪を二つに縛って、いつもにこにこしていた。今思えば、周りの人、特に姉の留華を心配させないようにと気を使っていたのかもしれないけれど。
「そうよ・・・あの戦争だって生き延びて、苦しい生活だってやっと楽になりはじめて・・・これからって時だったのに・・・何で?何であの子が死ななきゃいけなかったの!?何であの子が病気で苦しまなきゃならなかったの!?私がいれば何もいらないって言ったあの子が苦しんでいたのに、私は・・・何も出来なかった!」
その悲痛な叫びには、先ほどまでの余裕は微塵も感じられなかった。大切な人を失った悲しみと無力な自分に対する腹立たしさしさが、剥き出しになった感情から伝わってきた。その姿が五年前の自分と重なって見えて、望月は何も言う事が出来なかった。
「あの時何も出来なかった分、今の私に出来る事なら何だってするわ・・・もう、この汚れた手には怖い物なんて無いの。だから、今の私なら何だって出来る・・・こんなこともね!」
空気が動いた。そう思った刹那、月夜の体は留華の腕の中に移動していた。
「さあ、そのペンダントをよこしなさい。早くしないと、月夜がどうなっても知らないわよ!」
そう叫んだ留華の瞳は狂気そのもの。少し運命が違えば、あれは自分の姿だったのかもしれない。そう考えると、背中に冷たいものを感じずにはいられなかった。
「分かった・・・分かったから、月夜を放して!」
一瞬躊躇したが、勢いよく放り投げる。ペンダントは円弧状のカーブを描いて留華の足元に落ちた。それを拾い上げ、耳馴れない呪文のようなものを口にする。唱え終わった直後、全てのZEROの欠片が輝きだした。光がおさまった時には、二つの宝石が留華の手に握られていた。欠片がとれたペンダントは、かしゃりと音をたてて地面に落ちた。
「やった・・・これで・・・はい、月夜とこれは返すわ。」
再び空気が動き、月夜とペンダントが望月の元に戻ってきた。
「ごめんな、足手纏いになっちまった。」
力無く笑う月夜に、そんなことはないと首を振るのが、今の望月には精一杯だった。
「美砂・・・もうすぐ会えるよ・・・」
淡い光が留華の周りに集まる。望月や月夜の体からも、ふわりと光が飛んで行った。この光が、先ほど留華が説明していた魂を肉体に繋ぎ止めるものなのだろう。その光が一ヶ所に集まっていく。一つ、また一つと光が合わさるたびに、その輝きは増していく。そして、いつしか目を開けていられないほどの眩しさになった。


「美砂!」
留華の声が聞こえたので目を開けると、先ほど光が集まっていた場所に一人の少女が立っていた。
「お姉ちゃん・・・?どうして?ここはどこなの?」
「美砂ぁ!」
泣きながら美砂を抱きしめる。美砂は状況が掴めず、困惑している。
「マジかよ・・・」
「本当に・・・るー姉がZEROで生き返らせたの・・・?」
聞き覚えのある声に振り返ると、望月と目が合った。
「望月お姉ちゃんと月夜お兄ちゃん・・・?ねえ、どうして怪我してるの?」
「あなたを生き返らせる邪魔をしたからよ・・・」
姉の聞いたことのない冷たい声に、びくりと身を竦ませる。
「お姉ちゃ・・・嘘でしょ?美砂のお姉ちゃんはこんな酷い事しないもん!こんな怖い声じゃないもん!」
「美砂?何言って・・・」
「ねえ、お姉ちゃん。美砂ね、綺麗なとこで幸せに暮らしてるから、大丈夫だよ。だから、だから・・・こんな酷い事しちゃやだ・・・」
留華は驚いたような、信じられない事を聞いたような顔で、呆然とそれを聞いている。
「どうして?私がいれば何もいらないって言ってたじゃない・・・」
俯いた顔から涙が落ちる。美砂が何か言おうとした瞬間、すっと顔を上げた。その顔は、まるで全ての感情が抜け落ちたかのようだった。
「そっか・・・あなたは美砂じゃないのね。あの子はこんな事言って私を困らせたりしないもの。」
「おねえ・・・」
「あの子がいないんなら、こんな世界なんていらない!私からあの子を奪ったこんな世界なんて、なくなってしまえばいいのよ!!」
そう叫んだ次の瞬間、地面が激しく揺れはじめた。周りにある建物が音を立てて崩れていく。留華の壊れたような笑い声が轟音の合間に聞こえてくる。美砂はゆっくりと留華に近づいていく。
「危ないよ!早く逃げなきゃ!」
「放して!お姉ちゃんを元に戻すの!美砂が体弱くて死んじゃったから、美砂のせいだから、美砂がお姉ちゃんを元に戻さなきゃ!」
その言葉にはっとした。美砂ちゃんは強い。私は自分のせいだって悲しむだけで、自分の殻に閉じこもってなにもしなかった。失ったものを取り戻そうとも思わなかったし、何かを失うのが怖くて何もかも拒んでいた。
「どうしたの?」
黙ったままの望月を不審に思ったのか、美砂が訝しそうな目つきで訪ねる。
「ううん。それより、るー姉を止めないとね。私も手伝うよ。」
望月は、自分の中で何かが変わったような気がした。それが何なのかは、よく分からなかったけれど。

「お姉ちゃん!話を聞いて!」
留華が立っている、崩れかかった建物の下で叫ぶ。留華はちらりとこちらを見ただけで、話を聞こうとしない。
「るー姉、大切な人を失う悲しみはよく分かるでしょ?このままだと、るー姉のせいで同じ思いをする人が出てくるよ!だからもう止めて!」
「黙りなさい!もう私は何も考えたくないの!」
揺れが一層激しくなる。地響きで、もうどんなに叫んでも留華の耳には届きそうになかった。 「え・・・?」
ぐらりと留華の体が傾く。どうやら、足場が崩れたらしい。留華は瓦礫ごと落ちていく。
「お姉ちゃん!」

「い・・・たあ・・・!?美砂!望月!」
留華が気が付くと、美砂と望月が自分の下敷きになっていた。急いでその上から飛びのく。助けようとして巻き込まれたのだろう。
「う・・・そ・・・美砂が・・・違う、この子は美砂じゃなくて、でも、でも・・・」
頭の中が真っ白になる。
「お姉ちゃ・・・無事なの?よかったぁ・・・」
「美砂・・・ごめん、ごめんね。私が守らなきゃいけないのに、私のせいでこんな事に・・・」
「えへへ、元のお姉ちゃんに戻ったんだね。あのね、美砂はお姉ちゃんと一緒に暮らしてる時ね、すっごく楽しくて幸せだったよ。だからね、これからはお姉ちゃんが楽しくなるように生きて。美砂もいっぱいいっぱいお祈りするから。」
そう言ってにこりと笑う。
「・・・ごめんね、ありがとう。」
これが最後であろう抱擁を交わす。美砂の体が光りだした。
「もう一度会えて嬉しかったよ。お姉ちゃん、ばいばい。」
そう言い終わる頃には、光に包まれて消えていた。

二人のやりとりを、望月はぼんやりと聞いていた。そういえば、白兎に助けて貰ったお礼を言ってない・・・
「望月!るー姉!」
月夜が走ってくる。体が痛むのか、時折顔をしかめている。
「私は大丈夫、でも、望月が・・・」
二人が何か話しているが、血が大量に出てぼおっとしている望月にはその内容までは分からなかった。回復魔法をかけようとするが、二人とも疲労が激しいため思うような効果はでない。留華が落ちてきた時に、ZEROはどこかへ行ってしまったらしい。
「これは・・・羽?」
回復にてこずっていると、どこからか真っ白な羽が降ってきた。その直後、望月の体が軽くなった。はっきりとは見えなかったが、白兎の笑顔が見えた気がした。
(ありがとう・・・)

「お、おい、大丈夫なのか?」
ゆっくりと起き上がった望月に、月夜が心配そうに尋ねる。
「うん、もう大丈夫。多分、白兎が助けてくれたんだよ。」
お前も見たのか、などと話していると少し離れた所からのんきなあくびが聞こえてきた。
「ふあ〜、よく寝た・・・ってアレ?なんかさっきよりもそこら辺が酷くなってない?てかその女の人誰?」
どうやら、結花はこの騒ぎに気付かずにずっと寝ていたらしい。
一瞬の沈黙の後、盛大な笑い声が起こった。望月の五年ぶりの心からの笑顔は、土ぼこりで汚れていたけれど五年前よりも眩しかった。

その夜、望月はいつもの赤い夢を見た。いつもと違って、望月は笑顔で、白兎には白い羽がついていたけど。
「ずっと言えなかったけど、あの時、助けてくれてありがとう。」
その瞬間、周りの炎は消え、夢の中の白兎も笑った。
「ずっと、その笑顔が見たかったんだ。・・・さよなら。」
そう告げると、白い羽が舞い、白兎は光になって消えた。

暖かな涙がぽたりと落ち、枕にしみを作った。

Fin

05/03/31

初めて書いた小説なので、拙いながらも思い入れのある作品です。

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