ZERO 4

『ねえ、白兎・・・私のことが嫌いになったから、一緒に連れてってくれないの?また、私を置いてくの・・・?』


「・・・ちづき・・・望月!」
必死に自分の名を叫ぶ声で、望月の意識は闇から解放された。
「なあ、目を開けろよ!開けてくれよ・・・」
母親に縋る子供のような声に、そっと目を開ける。目に映ったのは、もう一人の幼なじみの泣きそうな顔。
「つき、や・・・?」
名前を呼ぶと、ほっとした顔でぎゅうっと抱きしめられた。その腕の中は温かくて、闇の中で味わった孤独感が溶けていく気がした。
(さっき、白兎に会ったのはただの夢?・・・そう、だよね。だってもう白兎は・・・)
少しづつはっきりしてきた頭で先ほどの出来事を思い出す。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ。心配かけてごめんね。」
それを聞いた後、月夜は泣きそうな顔を見られたことや抱きしめている事が恥ずかしくなったのか、望月を腕の中から解放して顔を背けた。その顔は耳まで赤くなっている。まったく無茶しやがって、と照れ隠しにぶっきらぼうな言い方になってしまうのが、非常に月夜らしい。

「あはははっ!つきやん照れてる!か〜わい〜!」
そんな月夜の様子を見て、結花が腹を抱えて笑っている。
「――っ!そうだ!怪我は、怪我は大丈夫なの?」
気絶する前の事を思い出した望月が結花に駆け寄る。
「やっと思い出したの〜?ヒナっちったら若年性痴呆症?あたしならダイジョブだよ〜。ヒナっちと、そこの茹でダコつきやんのおかげでね。」
いつもより顔色が悪い結花が、それでもいつもの笑顔で答える。それを聞いて、思わず丸い目で月夜を見つめる。たしか、月夜は回復魔法は使えなかったはずだ。そんな望月の視線に気付いたのか、月夜は赤い顔のまま答える。
「こっそり練習しておいたんだ。またあんな思いをするのはごめんだからな。」
やっぱり俺に回復系は向いて無いみたいだけどな、と付け足した月夜は、先ほどは気が付かなかったがかなり疲労しているようだ。

「とりあえず、あたしは眠いからあとは宜しく!」
そう言い終わるとほぼ同時に、結花から寝息が聞こえてきた。明るく振る舞ってはいるが、先ほどの怪我はかなり酷かったらしい。体力を回復するのには睡眠が非常に有効だと言え、こんな状況で寝れるのは流石としか言いようが無い。
「そういえば、他のみんなはどうなっ・・・」
くるりと振り返った望月は、その言葉を最後まで言えずに固まった。その視線の先には耐えがたい光景が広がっていた。

虚ろな瞳で、助けを求めて誰かの足首を掴む者。恐怖のあまりそれを振り払う、数分前まで友だったはずの者。苦しげな呻き声。悲痛な叫び。飛び交う罵声。紅色の水たまり。それらはまるで、地獄を見ているようだった。

「嫌あぁぁぁぁっ!」
その強烈な光景は、幾度も見てきた忌々しい戦争の記憶と重なる。積み上がった、人間だったモノ。そこから立ち昇る腐敗臭。それを踏んだ時の感触。空腹のあまりそれを貪り食う幼い子供。包帯の隙間から見える白い蛆。泣きじゃくる赤ん坊を狂ったように殴り続ける若い母親。そして、幼なじみの焼け爛れた皮膚。人間が焼ける臭い。

「なん・・・で?どうして?どうしてこんな事に?」
へたりと座りこむと、胃の中の物が逆流しそうになるのを堪えて力無く呟く。頬を伝う雫が、座った衝撃で地面に落ちた。
(もしかして、また戦争が始まったの?嫌・・・私から沢山のものを奪った戦争なんて大嫌い!)

「『どうして』か、教えてあげようか?」
急に降ってきた若い女性の声に振り返ると、瓦礫の山の上に懐かしい人が立っていた。
「るー・・・ねえ・・・?」
振り返った先にいたのは、紛れも無く留華だった。
「久しぶりね、望月、月夜。5年ぶりかしら?」
懐かしい人に会えて嬉しいはずなのに、なぜか嫌な予感がする。望月はそれを気のせいだと思い込もうとした。
「るー姉か?『どうしてか教える』って、どういうことだ?」
月夜も嫌な予感がするのか、望月を庇うように立つ。
「うん。あなた達が特別だから、教えてあげるの。」
記憶の中と同じ笑顔で答える。しかし、その口からは信じられない言葉が紡がれた。
「これをやったのは、私よ。」

嫌な予感は、確信に変わった。

「るー姉、笑えない冗談は・・・」
「冗談じゃないわ。私は本気よ。望月、そのペンダントをよこしなさい。早く!」
「このペンダントを?どうして?」
ぎゅっと胸のペンダントを握りしめながら尋ねる。母親の形見、ただそれだけだと思っていた望月には留華が欲しがる理由が見付からなかった。
「何も分かっていないのね。ねえ、生き返った王女様のお話、覚えてる?あの話には続きが有ってね。望月、『大勢の死体から魂が吸い込まれたのに、何で生き返ったのは一人だけか』って聞いた事が有ったでしょう?この理由は、その続きで分かることなの。」

・・・その後、王子様と王女様は幸せに暮らしました。子供も生まれて、この幸せがずっと続くものだと思っていました。しかし、数十年後、王子様は異変に気付きます。王女様は、あの時――ZEROによって生き返った時から全く年をとっていないのです。なぜなら、王女様はあのときたくさんの魂を吸収したせいで、その人達が生きるはずだった残りの年数を全て足しただけの寿命があったのです。その後、自分だけが若いままの姿である事に寂しさを覚えた王女様は旅に出る事にしました。もしかすると、今でもまだ、王女様は寿命が尽きるのを待って旅をしているのかもしれません。ふたつのZEROは、王子様と王女様の子供達に、子供の数だけ小さく砕かれながら受け継がれて言ったそうです。


「そんな続きがあったなんて、初めて聞いた・・・でも、それとこのペンダントと、何の関係が・・・まさか!?」
シャラリと鎖を鳴らし、ペンダントを首から外す。紅と蒼の宝石が、今は不気味な物に見えた。
「そう。あなたのそれが、最後のZEROの欠片。それがあれば、ZEROは完全な姿に戻る。私が集めた物と合わせればね。さあ、分かったらそのペンダントをよこしなさい!」
留華の手には、紅と蒼の小さな欠片がいくつもあった。これがあのZEROだなんて、到底信じきれなかった。
「これはお母さんの形見だから、るー姉にでも渡せない。それに、あれはただのおとぎ話じゃあ・・・?」
望月に渡す気がないと知った留華は、口をにぃっと歪める。
「ふうん・・・これを見ても、まだおとぎ話だって思うのかしら?」
留華が何かを念じると、青い欠片が光りだして轟音が鳴り響いた。
「全てを無に帰す、破壊を司る終わりのZERO・・・例え完全じゃなくても、これくらいはできるのよ?」
砂煙の向こうに、蒼い光で照らし出された留華の顔が見えた。それは美しくて、不気味で・・・どこか悲しそうだった。
04/09/29


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