ZERO
1-1 ごめんね

 そこは、一面の赤。大きな夕日。踊り狂う炎。濃く色付いた水溜り。そして、それらに彩られた焼け野原。赤茶けた大地には、焼け焦げた樹木が転がっている。
 地獄絵図。そんな言葉がふさわしい場所に、2つの影が、長く伸びていた。
「ごめん……ごめんね……」
 少女が掠れた声を絞り出す。肩が揺れるたびに、足元のしみが少しずつ広がっていく。
「ごめ、なさい……ごめんなさい……」
 もう1つの影が、ゆっくりと少女に近づく。水中を歩いているような緩慢な動作は、どこかもどかしげだ。
 2人の距離があと数歩となったところで、ミシッという音が響いた。
 立ったまま燃えていた木が、勢いをつけて傾いていく。その先には、少女を庇うように伸ばされた腕があった。しかし、木は腕を通りぬけ――そこに腕などないかのように――、大きな音を立てて地面に横たわった。
 舞い上がった炎に照らされ、2つの影が輪郭をなくす。激しく飛んでいた火の粉が落ち着くと、そこには、1つの影だけがぽつんと伸びていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ぜんぶ私がわるいの」
 世界から目を背けるかのように俯いている少女は、それでも同じ言葉を繰り返す。
 生温い風が、少女の肩まで切りそろえた髪を揺らした。

 整頓された部屋に、目覚し時計の無機質な音が鳴り響く。あまり生活観を感じさせない部屋には、必要最低限の荷物の他には一体のぬいぐるみしか見当たらない。可愛らしい白いうさぎのぬいぐるみは、殺風景な部屋には似つかわしくない存在感を放っている。それでも、黒のシンプルな服が少しだけ違和感を和らげていた。
 やがて、時計の音はこの部屋の主である少女、日向 望月(ひなた もちづき)によって止められた。まだ目が覚めきらないのか、何をするでもなくぼんやりしている。その姿は、髪が腰まである点を除けば、夢の中の少女そのものだった。来月で16歳になるが、外見はそれよりも幼い。
「もう見たくなんかないのに。……でも、仕方ないよね。私のせいだから」
 真っ赤な夢。それは、ある日を境に繰り返し繰り返し望月を苛んできた。どんなに喪失を嘆いても、どんなにやり直しを願っても、過去が変わることはない。そんな現実を何度も突きつけられ、過去に縛り付けられた心は今も削られ続けている。
「学校、行かなきゃ」
 壁掛け時計を見上げ、ベッドから起き上がる。冷たい涙がぽたりと落ち、シーツにしみを作った。
08/04/02

書き終わってから約3年。いつか書き直そうと思っていたので、ちまちま書いていきます。

ZEROトップ  1-2 にぎやかな朝