ZERO 1-2 にぎやかな朝 寮から学校への道をゆっくりと歩く。道端には、桃色の小さな花が絨毯のように群生していた。顔を綻ばせる少女たちの横を、望月は無表情のまま通り過ぎる。 しばらく歩くと、落ち着いた色の門が見えてきた。正門には、国立魔術学園と書かれたプレートが重々しく光っている。見ているだけで気分が引き締まるので、もしかすると魔術的な力が働いているのかもしれない。そう思わせるほど、プレートは荘厳な雰囲気を漂わせている。 教室の引き戸を開け、壁掛け時計を見る。思ったより時間に余裕があるから、授業が始まるまで教科書を読もうかな。そう思いながら自分の席に着くと、椅子に座りきる前に明るい声が近づいてきた。直前までその声の主と話していたクラスメイト達は、顔を見合わせて「今日もやってるよー」と笑い合いながらおしゃべりを再開した。 「おはよう、笹川さん」 「ささかわさん〜? よそよそしいな〜。結花でいいって、キッカで! ね、あたしとヒナっちとの仲でしょ〜?」 「仲って……私と笹川さんって、初めて会ったのは入学式だよね」 「はーい、細かいことは気にしな〜い」 そう言いながら首を振ると、2つに縛った髪の毛も一緒に揺れた。 「細かいかなあ」 語尾には、小さくため息が混じっている。ここ数年新しい友人を作らなかった望月は、結花の親しげな態度に戸惑っていた。数日前に「ひな……た、さん?」と、ぎこちなく話しかけられたのが嘘のようだ。 初めて顔を合わせたのは、クラス編成の掲示板を見ていたときだった。まるで幽霊に会ったかのような顔で見つめられたので、友人か誰かとそっくりだったのだろう。当時は驚いたが、今はそう考えて納得している。 「ところで、さっきまで他の人と話をしてたのに、私なんかの所に来ちゃっていいの?」 「ん〜? また細かいこと気にしてる! あんまり気にしてると、早く老けちゃうよ。心配しないでオッケー!」 望月の心配をよそに、結花はとことんマイペースに振舞う。 「あぁ〜! ホントはあたしのこと嫌いだったりする? 邪魔? 迷惑?」 「そういうのじゃない、けど……」 そこまで告げると、口ごもって視線を落とす。私なんかと話して楽しいのかな。あまり話さないから、きっと気を使ってるんだよね。でも、1人で居たいって伝えたら、嫌な思いをさせるかもしれない。 少しの間ぐるぐると考えをめぐらせたが、結局、曖昧に唇を動かしただけで終わってしまった。 「ん? ヒナっち、何か言った?」 「ううん、別に何でもないよ」 そんなやりとりを見つめていた少年、 「あいつ……本当に、笑わなくなったな」 彼は望月と同じ孤児院の出身で、10年近くの付き合いになる。昔は月夜の従兄弟を加えた3人で遊ぶことが多かったが、最近は月夜が一方的に世話を焼くことが多い。 月夜の視線を感じたのか、結花がくるりと振り返った。 「んん? つきやん、ヒナっちに熱烈ラブビーム?」 「何だよそりゃ……それと、オレは『月夜』だ。『ん』をつけるな!」 「そっちのが可愛いのに〜。分かったよ、つきやん」 「分かってない! 月夜だ、つ・き・や!」 「ぶー。じゃあ、あっきーはどう? あきちゃんの方がいい?」 「却下。ダサい」 「う、即答。つきやん辛口〜、唐辛子大盛り〜」 自分を挟んで行われる言い争いを、望月はただぼんやりと見ていた。話の内容はどんどんずれ、いつの間にか話題がカレーの味についてになっていた。 「カレーは辛口だ! 火を吹きそうなほど辛いのがカレーなんだ!」 「え〜、あたしそんな辛いのはやだよ〜。あ、あと、ラッキョはいらない」 「はあ? 普通、カレーには福神漬けとラッキョウって決まってるだろ!」 「誰がそんなこと決めたのさ。あたしはご飯ごとレタスに包んで食べるの! ね、ヒナっちも辛すぎるのは嫌だよね?」 「え? えーっと、私はあんまり辛いのは好きじゃないかな」 一呼吸置いて、レタスに包んでは食べないけどね、と付け足す。 話題が二転三転しながらも、2人の言い争いはなかなか止みそうにない。結花がどこからかハリセンを持ち出し、最早コントのようになったそれは、チャイムと同時に来た担任によって終止符が打たれた。 08/09/28
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