005 ただの遊び

あいつは、俺にとって都合のいい存在だった。
文句も言わず、俺の言うことを何でも聞く。
利用するだけ利用して、飽きたらすぐに捨ててやるつもりだった。
……だけど、あいつはいつも笑っていた。
口汚く罵ったり、時には手を上げたりしても、それは変わらず。
何を言っても、何をしても、俺に尽くしてくる。
おかしい。こいつは普通じゃない。
言い知れぬ恐怖が俺を襲った。
早く、早くこいつから逃げなくては。

ホテルの一室。いつものように愛の言葉を唇に乗せる。
あいつは、これから殺されるとも知らずに無邪気に笑っている。
あいつが見ていないすきに、自分のワインに毒を垂らす。
それを口に含んで、口移しで飲ませる。数秒後、あいつが目を見開いた。
今さら気付いたって、もう遅い。あいつの唇がゆっくりと動く。
どれだけ罵られようがかまわない。これで俺は逃げられるんだ。
俺の、勝ちだ。

あいつが動かなくなったとき、俺は唇を歪めたまま凍りついた。
「ありがとう」 あいつは確かにそう言った。
何故だ、何故自分を殺した俺に?
分からない。もう何もかもが分からない。
一度消えたと思った恐怖が、さらに大きくなって俺を襲う。
俺は逃げられないんだ。あいつからも、この恐怖からも。
ただの遊びのつもりだったのに、どうしてこんな……
ふと右手を見ると、ワインが赤く揺れている。
そして、俺は……

ああ、俺は相手を誤ったんだ。
気付くのが遅かったのは、俺の方だ。
意識の遠くで、グラスが割れる音がした。


「102 コロシテ」と対になってます。
07/10/19


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