ZERO 3

6月のある日、空は重く、湿った風が吹いていた。望月の横には、その日の空よりもどんよりとした結花がいる。今は掃除の時間だが、結花の腕は動いていない。
「つきやんに負けるなんて〜。うぅ〜・・・」
五月の月末テストで月夜に負けて以来、ずっとこの調子だ。
「最悪〜。こんなか弱い女の子に『大食らい怪獣』って言う奴に〜!」
か弱い女の子は、ご飯を五回もおかわりしないんじゃ?という望月の思いをよそに、結花は唸り続けている。先月の合宿の時、結花の食べっぷりを見た月夜が「お前の食べっぷりって、女じゃないよな。中性――って言うより、さしずめ怪獣ってトコか」と、からかった事が原因だ。その後、月夜の悲鳴が辺りに響き渡ったのは言うまでもないだろう。
「あーんな奴には、全てにおいて勝利しないと気が済まな〜い!」
「じゃあ、掃除の腕も勝ってね。」
「ほぇ〜い。・・・って、ヒナっち、なんか光ってるよ?」
結花が不思議そうな目で望月の胸元を見る。確かに、何かが淡く光っていた。はっと気付いた望月がペンダントを取り出すと、はっきりと光が見えた。蒼い宝石が光っている。まるで、何かに共鳴するように。
「な・・・に、コレ?今までこんな事なかったのに!」
 望月が叫んだ直後、学校全体が揺れ、壁や天井が崩れ始めた。教室の中はたちまちパニックに襲われ、悲鳴や怒声が木霊する。皆、我先にと逃げようとしていた。
「まさか、この石と関係が?」
望月が呆然としていると、ちょうど真上の天井が崩れ落ちてきた。
「ヒナっち!危ない!上!」
「・・・っ!」
とっさの事に、望月は反応できなかった。思わず目をつぶった望月の体に強い衝撃が加わった。

(私、今度こそ死んじゃうのかな?ねえ、白兎・・・)
「望月ぃ!大丈夫か?くそ!いったい何が?」
「生きて、る?どうして・・・?」
起き上がった望月は訝しげに辺りを見回すと、ある一点を見つめたまま動けなくなった。
「つきやん・・・遅い、よ。ちゃんと、ヒナっちのこと、守るんでしょ?」
望月の視点の先には、天井の下敷きになって血まみれの結花がいた。その姿は、五年前の白兎の姿とだぶった。
「私をかばった、の?私のせいで・・・」
望月はよろよろと立ち上がると、結花の元へ向かった。必死に回復魔法を唱える。守れなかった大切な人の二の舞にさせないために。

「ヒナっち、あたしの話、聞いてくれる?」
結花が弱々しく話し掛ける。その顔からは血の気が引いて、真っ青だった。しかし、優しく微笑んでいる。
「喋らないで!絶対、絶対に助けるから!」
それを聞いて、結花はふっと苦笑する。
「いつも他人優先なトコとか・・・やっぱり、そっくりだね。」
「誰の、こと?」
「あたしにはね、二卵性の双子のお姉ちゃんがいたんだ。何でも出来て、優しくて、人気者だった。あたしは、そんなお姉ちゃんが大好きだった。でも、ね・・・」
目を閉じて、大きく息を吸う。
「何をしてもお姉ちゃんが一番。私は、絶対に勝てなかった。
周りの人は、いっつも私とお姉ちゃんを比べてた。少し、妬ましかった。だから、お姉ちゃんが悪いワケじゃないのに冷たくした事もあった。でも、それなりに幸せだった。そんな日が、いつまでも続く。そう思ってた。けど・・・五年前の七月に、終わった。」
五年前の七月のある日、多くの人の命を奪った史上最大の火の雨が降った。
(白兎を失った日。全てがゼロになった、あの時。)
「あの火の雨で、お姉ちゃん・・・雛は、あたしを庇って死んだ。喧嘩の最中だったのに。」
「ヒ・・・ナ?じゃあ、さっき言ってたそっくりって・・・」
「うん。お姉ちゃんにイジワルした分、ヒナっちに何かしようって思ったんだ。ずるいよね、あたし。罪滅ぼしのつもりだったんだ。ゴメンね・・・どれだけ似てたって、同じじゃないのにね。」
そういった結花にはいつもの明るさは見えず、幾分か大人びて見えた。
「分かった。分かったから!もう喋っちゃダメ・・・」
ありがと、望月。そう言いって、結花はそのまま気を失った。
「あの時の『ヒナっちも・・・』って、この事だったんだな。」
月夜がぼそりと呟く。その横では、望月が先ほどより高度な回復魔法を唱えている。本来ならばとっくに精神力が尽き果てていてもおかしくない。事実、どちらが怪我人かも分からないほど望月の顔色は悪くなっていた。
「望月!それ以上やったらお前の体が持たない!オレに代われ!」
結花の体が回復していくにつれ、望月はどんどん疲労していく。血と汗が混じりあって、ぽたりぽたりと落ちる。薄紅色の水溜りが、望月の顔を映していた。
「あと少し・・・あと・・・少、し・・・っう。」
ついに限界を超え、望月は倒れた。月夜が自分の名前を叫ぶのを聞きながら、意識は闇に飲み込まれていった。
(あと少しなのに!また、助けられないの?白兎・・・)


「今日からお友達になる、日向望月ちゃんです。皆、仲良くするのよ?」
(懐かしい声。それと、昔の私?これが走馬灯なの?)
「うん、分かった!よろしくね、望月ちゃん。」
「言われなくても分かってるよ。ったく、るー姉は一々うっさいなー。」
「望月ちゃん、あっちの礼儀正しい子が須々木白兎。そっちの生意気なのが秋原月夜。で、さっきも言ったけど、私はここの責任者の娘、神城 留華(かみしろ るか)よ。」
「よろしく、おねがいします。」
望月はぎこちなく笑った。それが精一杯の笑顔だった。

「望月ちゃん。そのペンダント、可愛いね。似合ってるよ。」
はっきり言って、言った本人も相当可愛い。本人は女の子みたいだと気にしているらしいが。
「望月でいいよ。これ、お母さんの形見なの。中にね、写真が入れられるんだよ。家族の写真入れてるんだ。みんな、とっても優しかったの。」
「そうなんだ。僕は凄く小さい頃にここに来たから、家族のことはよく覚えてないんだ。でもね、月夜がいたから、あんまり寂しくなかったよ。」
「さらりと恥ずかしいことを・・・なあ、望月って言ったっけ?おまえって年いくつ?」
いつの間にかそばに来ていた月夜が尋ねる。
「七歳だよ。五月生まれなんだ。」
「じゃあ、白兎とは一年近く違うんだな。オレは七月生まれで、白兎は三月。三人とも、学年は一緒だぜ。」
「そうなんだ〜。じゃあ改めて、これからよろしくね!」

(なつかしいな〜。私が3人の中で一番のお姉さんなんだから、皆を元気付けなきゃって思ってたっけ。初めの頃はわざと明るくしてたけど・・・自然に笑えるようになったのって、あの二人がいてくれたから、だよね。)

「るー姉!今日はなんのお話してくれるの?」
白い息を吐きながら、望月が尋ねる。
「望月、今日も元気ね。それに比べてあんた達は〜。」
留華はため息をついて、月夜と白兎を横目でじろりと見る。
「そいつは元気すぎなんだよ!はぁ〜。ここに来た頃はあんなに大人しかったのに。詐欺だー!」
「あはは、僕にもその元気分けて欲しいな〜。」
「二人を足して割ったらちょうどいいんじゃないか?どっちも体力は無いけどな。」
「何よ、月夜なんかこの中で一番ちびっちゃいじゃないの!それに、自分の記憶を他の人に見せるって魔法、全然出来てないし〜。いつになったら白兎に両親のことを見せてあげられる事でしょうね〜。」
望月と月夜の喧嘩はこの頃は日常茶飯事だった。その原因は大抵くだらない事で、実は二人とも結構楽しんでいた。
「喧嘩するほど仲が良いって言葉がピッタリだね。元気なのはいい事だよね〜。」
「白兎・・・お前、じじくさいぞ。」
「ところで、あんた達お話を聞きに来たんじゃないの?」
その言葉に、望月がぴたっと止まる。どうやら、当初の目的を忘れていたようだ。留華は呆れ返りつつも、古くから伝わる伝説を話してくれた。
「じゃあ、今日は『生き返った王女様』の話ね。」

それは、どこにでもあるようなお話だった。金色のドラゴンにさらわれた王女と、それを助けた婚約者の王子の話。
追い詰められ、勝てないと悟ったドラゴンは王女を巻き込んで自爆し、お姫様は死んでしまった。王子が悲しみに暮れて泣いていると、ドラゴンの瞳からこぼれ落ちた蒼と赤の宝石が光りだした。王子が呆然としていると、周りの死体から淡い光が出て、宝石に吸い込まれていった。そして、カッと光ったと思うと王子の目の前には死んだはずの王女の姿が。

「それは、神様がこの世を作った時に作り出した伝説の宝石、ZEROだったのです。王子の強い想いに反応して、赤の始まりのZEROが王女を復活させたの。淡い光は、その代償として、蒼い方の終わりのZEROが魂を吸い込んだってワケね。」
「『こんじきのドラゴン』か〜。カッコイーな〜。」
「本当にその宝石があれば・・・いいのにね。」
「う〜ん・・・」
瞳を輝かせている月夜と悲しそうに笑う望月の横で、白兎は考え込んでいる。
「どうしたの?白兎〜。」
「ん・・・王女様だけが生き返ったのってちょっと不公平じゃないかなって。ドラゴンとか、その手下とか、王子の家来とかは死んじゃったんでしょ?皆が幸せになれればいいのにね。」
「あーもう!そんなまくし立てるなよ。それに、これはおとぎ話。作られた話なんだぞ?そんなに真剣に考えなくても・・・だいたい、そんな宝石なんてあるわけないだろ〜。」
まだ十歳にも満たない子供とは思えないセリフだ。月夜は、変な所で大人びている。
「ま、欲張らないのが一番なのよ。全員を救おうとしたら、その代償は計り知れないわ。何かを手に入れる時には同じだけの何かを差し出さなきゃってことね。質量保存の法則とかあるでしょ?って言っても、まだ分からないか。」
留華が諭す様に言う。
「ね、ね、じゃあさ、たくさんの死体から魂が吸い込まれたのに、何で生き返ったのは一人だけなの?」
望月が鋭い所を突く。
「え?さ、さあ・・・と〜に〜か〜く〜、これでこの話は終わり!私は美砂(みさ)の世話をしないとね。」
美砂とは、留華の妹だ。留華は、忙しい両親の代わりに年の離れた妹の世話をしている。美砂は生まれつき体が弱いため、留華はかなり気にかけている。
「あー!るー姉逃げた〜!ずるーい!」

(ZERO、か・・・そんなのが本当にあったら・・・ううん、そんなのあるはず無いよね。大事なものは、絶対に戻ってこない。だから、そんなの作らなきゃ、あんな・・・誰かを失う悲しい思いはしなくて済む、よね・・・?)
そこまで考えると、とたんに辺りが真っ暗になった。
「望月・・・」
不意に自分の名前を呼ばれて、望月は声のする方を見た。そこには、昔のままの姿の白兎が居た。
「はく、と?迎えに来てくれた・・・の?」
「望月、まだこっちに来ちゃダメだよ。君を待っている人達が居る。早く、戻って。」
どんどん白兎の姿が遠のいていく。いや、正確に言うと望月が遠のいていたのだ。それに気付いて必死で白兎の方へ行こうとするが、走っても走っても、その姿はどんどん小さくなるだけだった。
「まって!お願い、置いてかないで!私も一緒に連れて行って!ねえ、私のせいで死んじゃったから、私のこと嫌いになったの?ごめんね・・・」
そう叫びながら、望月は闇の中から消えていった。
「僕が君を嫌いになるなんて・・・あるわけないのに。」
視線を足元に落とし、寂しそうに呟いた。
「ねえ、望月・・・君の止まってしまった時間は、いつになったら動き出すのかな。止めてしまったのは僕なのに、何も出来なくてゴメンね。」
しばらく望月が消えた方を悲しそうに見つめた後、白兎はくるりと背中を向けた。そして、そのまま歩き出した。その背中には、真っ白な羽根があった。
04/02/12


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