ZERO
1-3 意外な結果

 一日の授業の終わりには、諸連絡のためにホームルームの時間が設けられている。この時間になると、入学したてで不慣れな生徒たちの大半はぐったりしている。今日はそんな生徒たちをさらに疲れさせるかのように、新入生テストなるものが返ってきた。
 点数の低い順に配ると告げられると、悲鳴にも似た不満の声がもれる。が、そんな事はおかまいなしに、次々と名前が呼ばれていく。クラスのところどころで、ため息や歓喜の声が聞こえてくる。
「次、秋原、90点。最後、日向と笹川が92点だ」
 その瞬間、クラス中がどよめいた。望月は、普段の素行からして頭が良さそうな印象を受ける。結花は、望月とは色々な意味で正反対だ。ただ、月夜をおちょくるときの頭の回転を考えると、この点数にも納得がいく。クラス全員の頭に、人間は見た目で判断できないと言う言葉がよぎった。月夜にいたっては、ひきつったまま石の様に固まってしまっている。
「嘘だろ……あんな変な奴に負けた……?」
 あまりのショックに、視界がぐらりと傾いた気がした。気がしただけではなく、その後本当に倒れて保健室に運ばれるという騒ぎもあった。

 掃除も終わり、生徒たちが帰り始めた頃、月夜が青い顔で教室に戻ってきた。一歩足を踏み入れたとたん、結花の声が教室に響いた。本人は意図して大声を出している気は無いらしいが、普通の人と比べるとかなり大きい。
「つっきや〜ん、誰が『変な奴』だって〜?」
「うげ、聞こえてたのか」
「ふっふ〜ん、あたしの地獄耳をなめるでないよ!」
 ずびしい! と口で効果音をつけながら、嬉しそうに人差し指を向ける。得意げな結花とは反対に月夜の表情は暗く、「人に指を向けるな」と力なく指摘するのがやっとだ。そんな2人を尻目に、望月は黙々と帰る準備をしている。
「人って、見かけによらないよな。はあ〜……」
 月夜が重いため息をつく。
「ちょっとぉ、それって褒めてんの? けなしてんの?」
「こんな奴に負けたなんて……はあ……」
「人の話はちゃんと聞きなさい! あなたをそんな子に育てた覚えはないわよ! お母さんは悲しいわ〜」
 しくしく、と言いながら結花が泣きまねをする。右手には、白いレースのハンカチを握られていた。
「お前に育てられたら、こんなまともに育ってねえよ……」
「む! 失礼な! も〜いいや。ヒナっち、こんなのほっといて帰ろっ!」
「うん……えっと、あのね、私は月夜のことを凄いって思ってるよ。だから、そんなに落ち込まないでね」
 その言葉を聞き、月夜は少し照れた笑いを見せた。正直、自分よりも点数が上だった望月に言われても反応に困るが。長年の付き合いで、嫌味でなく、心からの称賛だとは分かってはいる。それでも胸中は複雑だ。
「お、つきやんって笑ったら可愛いかも! ……ま、私の好みじゃないけどね」
 結花が余計な一言を沿える。その悪ガキのような笑みを見て、月夜は何度目かのため息をついた。
「お前はいちいち一言多いんだよ、笹川……」
「つきやんはいちいち気にしすぎ! あ、ヒナっちもね。そんなんじゃすぐハゲハゲになっちゃうよ〜」
「へーいへい。あ、望月、サンキュな。励ましてくれて。じゃあな」
 月夜は笑いながら手を振る。
 二人の姿が見えなくなると、月夜の顔から徐々に笑顔が消えた。そして、吐き捨てるように小さく呟く。その声はかすかに震え、顔は悲痛に歪んでいる。
「オレは、全然凄くなんか……あの時だって、お前を助けることができなかったせいで、あいつは……」
 その声は、誰の耳にも届くことなく、春の風にかき消されていった。
08/12/04


1-2 にぎやかな朝  ZEROトップ  2-1 幸福な既視感