ZERO
2-2 かたみ

 合宿の前夜、学生寮の一室から明るい声がもれていた。「一緒に準備しよー!」と言って、結花が望月の部屋に遊びに来ていたからだ。今は夜なので、いつもよりは小さい声だ。
「部屋近いってさ、こういう時いいよね。ここの寮でかすぎだよ〜」
 移動魔法使えたら別なんだろうけど。そう付け足しながら、大きなリュックを撫でる。部屋が遠くても、更には棟が違っても、結花ならば毎日のように遊びに来るだろうが。

 この学園は人気があり、遠方からの入学者も多い。そのため、寮はかなりの規模を誇っている。レベルの高さや自由な校風なども人気の理由のひとつだが、最大の理由は格安の学費だ。
 「才能のある者を積極的に育成する」という国策の元、入学すれば生活に必要なものはただ同然の価格で提供される。その国策が掲げられるようになった原因は、優秀な人材を多数失った数年前の戦争にある。
 そのため、その戦争で家や家族を失った生徒は、快適な生活を送りつつも複雑な感情を抱いている。望月や月夜も、その中の一人だ。

「あれ? ヒナっち、ペンダントつけてる〜」
 準備を始めてしばらく経った頃、結花が不思議そうに聞いた。それは"インフィニティ"をモチーフにした、シンプルなデザインだった。少し大きめのペンダントトップには、蒼と紅の宝石が付いている。
「あ……いつもは制服で隠れてるから」
「ふ〜ん、なんか意外〜。あ、つきやんからの『愛のプレゼント』とか?」
「月夜とは、そんな関係じゃないよ。……これ、お母さんの形見なんだ」
 望月は、幼い頃を懐かしむように優しい目をした。ほんの少し寂しそうにも見えた。
「そう、なんだ。こんなこと聞いて、ごめんね」
「ううん、大丈夫だから。それより、明日の準備しないと」

 その後しばらくは真面目に準備をしていたが、飽きてきたのか、結花はせわしなく首を動かしだした。
「あー! このうさぎ、かっわい〜。ね、触ってもいい?」
 望月に確かめ、結花はタンスの上に置かれていたぬいぐるみを手に取った。ところどころに茶色い汚れや焦げたあとがあったが、真っ白でふかふかしている。ちょうど、抱きしめるのには良い大きさだった。
「このコの服、黒より水色とか黄緑のほうが可愛いと思うな〜。ん? なんかここ、もじょもじょする」
 結花はぬいぐるみを顔に近づけた。服の裏に、白い糸で文字が刺繍してある。
「え〜と、Hakuto・S? このコの名前?」
「ううん、それを作った人の名前だよ。須々木 白兎(すすき はくと)っていって、幼なじみで、月夜の従兄弟」
「つきやんのイトコねえ……ん〜、この腕前、只者じゃないよ」
 彼が10歳の時に作ったものだと付け加えると、結花は目を見開いた。市販品と比べると拙い出来だが、10歳の子どもが作ったとすれば上出来だ。丁寧な縫い目からは、愛情が感じられる。縫い物をすれば自分の指を刺し、ミシン針の交換時にそれを折る結花には、魔法のように思えた。
「ううう、会って弟子入りしたいかも〜」
 それを聞いた瞬間、望月の顔が凍りついた。
「……ヒナっち?」
 訝しげな視線を向けられ、望月は必死に唇を動かす。慎重に言葉を選び、声を絞り出す。
「今は……今は、遠い所に居るから……会えないよ」
 望月の声は、小さく震えていた。自らの腕をつかんだ指先は、白く染まっている。
「……。そっか〜、それじゃ仕方ないね〜」
 一瞬間を置いていつもの調子で答えると、結花は準備を再開した。
 その日は、夜遅くまで結花のおしゃべりが続いていた。
10/09/11

ペンダントは、友人がデザインしてくれたものを参考にして、少し記述を変えました
当時自分で描いたものもあるんですが、友人作のほうが素敵だったので。


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